=HE6 episode:03-5=
廃墟へ入ってすぐ、ハウンドはニグリ・シミアを見失った。
その理由は、ハウンドがニグリ・シミアを捕えようと伸ばしたリーシュの先に…何故かチャルラタンが飛び込んできたためである。
挙句の果てに、「今のうちに逃げろ!」などと叫び、当然ニグリ・シミアは逃げた。位置情報を確認するとまだ地区内を彷徨っているが、再び街へ出るのも時間の問題ではないかと思われた。
「何故」
焦燥と困惑に包まれてハウンドが尋ねると、リーシュに絡まったままチャルラタンはフードから除く口元を尖らせた。全くかわいくはない。
「俺が捕まえなきゃイミねえだろホラホらだってよ、俺の飯の種だもんなァ、ロボットは飯いらねーだろ?あっ燃料いる?燃料いるか!あーやっぱでもでも俺ほど明日の生活に困ってないはずじゃんだってスポンサーいるもんな!高級オイルだかエネルギーだか知らないけど毎日ガブガブいってんだろ?」
「一体何を言ってるんだ」
ハウンドはいきなり食事の話を始めた男を、EMPに表示された目を吊りあげて見下ろした。
「いやいやホラさぁ、金ねえなーやべえなーって思ってたら銀河連盟が困ってるってビルのテレビが言ってたんだよ、つまり猿捕まえたらエライ人から金もらえんだろ、そしたらうまい飯が食えるだろ!だから俺が捕まえなきゃいけないんだってわかるだろ?な!」
また新たな事実が判明した。チャルラタンはあの猿を捕まえて、銀河連盟から謝礼金をもらう気でいたらしい。そして、その謝礼金を生活費のアテにしているようだ。
「そんなこと言ってる場合じゃ…命がかかってるんだ。早く追わなきゃ」
言いながらリーシュをゆるめて回収しようとするが、またもやフード男に途中で掴まれてしまった。
「だから待て待て、俺の命がかかってるんだってだから!猿捕まえる、うまい飯食えるしガス代も払えるし、俺は明日を生きられる!猿捕まえられない、うまい飯食えないガス代も払えないで俺飢え死にする!ついでに餌が買えなくて俺の飼ってる犬も死ぬ!かわいそうだろ?とてつもなく尊い命かかってんだよホラわかってくれるよな?だからお前ここで大人しくしててくれよ!俺を助けると思ってさーワンちゃんよ」
『もういいハウリィ、私が全責任を負うからこのうるさい猿を黙らせろ』
ハウンド越しに顛末を把握しているサラ博士の怒りに満ちた通信が入ったが、この男を黙らせるためには意識を失わせる以外無いのではないか。そして今は同士討ちしている場合でもない。
いかに自分の生活が苦しいかを語り出そうとするチャルラタンから、ハウンドは隙をついてリーシュを引っ張り、奪い返した。
「おいおい乱暴だなぁ、忠犬かと思いきや狂犬かぁ?話はまだ」
「すまないがいい加減にしてくれないか、既にニグリ・シミアへの射殺許可が降りている。もう一度街に入ったら殺されてしまう」
第1種の危険生物が街に放たれ、人間を殺す危険が高い場合、銀河連盟から射殺許可が降りる。そういう取り決めになっているのだ。銀河連盟の駆除班が来る前に保護しなければ、ニグリ・シミアは殺されるだろう。
「人間にとっての危険生物と言っても、望んでここへ来たわけじゃない、密猟され、密輸されてきたんだ!それなのに殺すことを、君は許すのか」
ハウンドはエイリアン犯罪者や危険生物を狩る猟犬だが、決して無差別に排斥するために働いているわけではない。人間の都合で連れてきたものを理不尽に殺すことを良しとするな、そう学んできた。家畜でもペットでもなく、地球の生物ですら無い。無理矢理連れて来なければ、決して人間を脅かすはずの無い種族。早く保護すれば、あの施設にいたニグリ・シミアと共に元いた地へ帰すことも可能なはずだ。
人によっては偽善、幼いと切り捨てるだろうハウンドの主張を、しかしチャルラタンは気に入った様子でニヤリと笑った。
「ふーん、お前もロボットのくせに結構喋るんだな?いいねぇますます気に入ったぜ、ただのカタブツかと思ってたけどなかなかかっこいいじゃねーかよ、ペロ!お前に免じて、あの猿捕まえたら俺を無視した罪で1発ぶん殴ろうと思ってたけどやらないことにしてアゲル!だから俺があの猿無傷で捕まえたら謝礼金、お偉方に頼んでくれよな」
「私が捕まえたとしても頼んでおくから、もう妨害はしないでくれ」
言葉を切って走り出すと、ぽんぽん跳ねるような走り方でチャルラタンが横に並んだ。ハウンドのパフォーマンスが落ちていると言っても、かなりのスピードが出ているはずだ。見たところ人間なのにこの並外れた身体能力は、噂通り超能力で強化しているのか、それとも身に着けているグローブやスニーカーに秘密があるのか、未だ判断がつかない。
「オーケーオーケー分かったぜ相棒!俺に任せとけ」
「相棒じゃありません」
「なんだいきなりよそよそしくなって!ああライバルか!望むところだ我がライバルよ!いざ進め猿のもとへ!タララ〜チャルラタ〜ンデデデーデーデーーレーースチャチャッ!」
勝手に何か迷惑なことを決めて余裕の表情で歌まで歌いだした。緊張感というものが無いのだろうか。いや、無いのだろう。
『やはりあっちの猿を追う前にこっちの猿の息の根を止めろ、害悪だ』
「博士、それは私には無理です……」
博士の殺意に満ちた通信が入るが、ハウンドには従えない種類の命令だ。博士のように殺したいとは決して思わないが、もしこの先のヒーロー活動で何度もこの男に会う機会があるとしたら、自分は、「うざったい」という人間の心理を散々に思い知ることになるだろうという、嫌な確信がハウンドの中にあった。
隣の壊れたラジオのような男の声を聞きながら、熱暴走しない程度のスピードでしばらく走っていた時、併走していたチャルラタンが突然バランスを崩し、つまづいて地面をごろごろと転がった。
「痛ってぇーー!」
「大丈夫か!」
不意のことにハウンドも驚き、ブレーキをかける。チャルラタンは転がったことでうまく衝撃を殺したらしく、仰向けの状態から両足を上げ、跳ねるようにして起き上がった。どうやら大事無いようだ。
「かっこわりぃーな俺よー!でも今のはただ転んだんじゃねーよ、いきなり頭がキーンとしてホラ、耳鳴りみたいなよー!聞こえなかったか?」
「…?いや、何も。具合が悪いなら休んでいた方が」
とりあえず休養を勧めるハウンドに、チャルラタンは両腕をクロスさせ、NOを主張した。
「おいおいやめてくれよ、ライバルに心配されるなんて情けねぇな!でも大丈夫、ノアイプロブレーマ。俺ってば不思議なくらい元気だ、そうだろ!?休憩はナシだぜ、モンキーちゃん逃げちゃうし!ホラホラそれで、愛しのモンキーちゃんは今どの辺にいるワケ?」
「……この近くだ、しかし、移動していない」
ずっとうろうろ彷徨いながらも、街へ向かっていたニグリ・シミアの位置が何故か動いていない。休んでいるのか、それとも…。
「逃げ疲れたのか?ラッキーじゃん!よーし手柄は俺がもーらうっ!」
元気そうに飛び跳ねて再び走り出す黄色フードを追ってハウンドも走り出した。とにかく街に入る前に捕まえなければならない。耳鳴りはないが、駆動熱が危険な域に達し始めているのだ。
『ハウリィ、位置情報がおかしい』
不意に博士からの通信が入り、ハウンドもまた同時に気づく。
「これは一体…」
ニグリ・シミアの位置情報が、突然に高度を上げたのだ。
『あの種に飛翔および滞空能力は無い…発信機が狂ったか?』
「とにかく現場へ向かいます」
猿の位置情報が狂った地点へ。
地面を強く蹴る度、ベータ版の胴体に負荷がかかるのがわかった。駆動熱が高まり過ぎれば、やがてコアにもダメージがいく。動けなくなれば、隣のよくわからない男に任せるしかなくなる。
「他のヒーローは何故来ないんです」
『B34地区で護送車が襲撃され、Aクラスの指名手配犯が複数名逃走中の上、F地区でもビル火災が起きてる。そっちが片付き次第向かうとの返答があった』
「こちらで何とかしろってことですね…」
隣を走る男がどれだけ強いのか分からないが、リーシュを正しく操れれば捕獲に問題は無い筈だ。確実に届く範囲まで近づきさえすればいい。これは時間との勝負だ。
停止した猿の位置へ近づいたとき、最初は、空に点のようなものが見えた。ぐんぐん距離を詰めるにつれ、その正体が見えてきた…見えてきたが、それが何なのかハウンドには識別できなかった。
「おいおいどうしたペッロ、空なんて見て、天使ちゃんでも見つけちゃったかァ?」
やはりロボットであるハウンドほど望遠視力は良くないのだろう、茶化すようにしていたチャルラタンもまた、そのうちにハウンドの視線の先に気づき、空の一点を注視した。上空に浮かぶ影をはっきり眼に映し、口笛を吹く。上空5m近い空中に、透き通る金の翅と、先端に白い毛房のある純白の触覚。虫のような特徴を持つ少女が、ニグリ・シミアを膝に乗せ、座ったような姿勢で浮かんでいた。
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